新卒採用活動の変遷

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集団面接

 

1.新卒一括採用の始まり

日本の新卒入社第一号は、明治時代に慶應義塾の卒業生が三菱に入社したと言われています。

続いて、大正1918年に政府から「大号令」が公布され、大学の新設に伴って大学入学が一般化。その後、第一世界大戦の終結と1923年の関東大震災による不況の影響で就職難となり、多くの学生が企業に殺到したのを期に選考試験が導入され、新卒一括採用が始まりました。

学卒者の採用は、明治時代の1895年までさかのぼり、当時の日本郵船(三菱)や、三井銀行等の旧財閥企業が中心となって、好況期に優秀な人材を確保するために始めたと言われています。当時の採用は、縁故採用であり、選考試験もありませんでした。

その後、政府は大正1918年に「大号令」を公布し、それまで旧帝大だけだった大学の増設に着手、1923年の関東大震災の不況により、各社が在学時から学生と接触し、選考試験を行ったのが現在の一括採用の原型です。

2.卒業後選考協定

企業はより優秀な人材を獲得しようと採用活動が早期化し、1928年に、大手銀行(現在のメガバンク)が呼びかけた大手企業重役会議によって、大学生の採用選考の時期を卒業後とする「協定」が結ばれます。

しかし、フライングする企業が続出した事もあって、1935年に協定が破棄され、短い期間で協定は幕を閉じる事になります。

3.就職協定

その後は、企業それぞれのタイミングで選考を行う時代が続き、学業が妨げられると懸念した労働省と文部科学省が、「採用選考は1月以降とする」としたものの、早期化に歯止めが掛かる事はありませんでした。

続いて、1953年の教育・財界関係者の懇親会により、「選考開始を卒業年度の10月1日以降とする」とした「就職協定」を設けましたが、こちらの協定も効果無く青田買いを止めるに至らず、実際は選考が開始される前には内定を出していました。

尚、現在のような自由応募が一般化したのは1968年からで、大学紛争よる学校推薦の機能が麻痺によって、学生が自力で企業訪問を始めたのがきっかけでした。これを期に「就職情報産業」が生まれ、学生と企業をつなぐ役割を果たすようになります。

採用通知書

4.昭和バブル期

1950年の朝鮮戦争による高度経済成長期には地方からの集団就職がさかんに行われるようになり、1973年のオイルショックによってその勢いが失われたものの、1985~1991年のバブル期によって「売手市場」となり、なかなか効力を発揮しない「就職協定」が1997年に廃止されます。

バブルの崩壊と共に企業の業績は悪化し、採用活動は縮小化していきました。2000年代に入ると紙からインターネットに採用活動が変化し、現在主流の就職サイトもこの頃に誕生しました。

5.現在はどうなっているのか?

1997年に日本経済団体連合(経団連)が、民間企業の採用活動を適正化する為に「倫理憲章」を定めました。

2016年度卒業の新卒採用からは、就職活動の解禁をそれまでの「大学3年生の10月1日」から「大学3年生の3月1日」に変更され、選考の開始も「大学4年生の8月1日以降」となりました。

更に、2016年度卒の状況を踏まえ、2017年度からは、選考開始時期を更に2ヶ月前倒しして「6月1日」となり今日に至っています。

まとめ

・1895年、それまで縁故採用で成り立っていた当時の新卒採用は、急激な雇用拡大・働き手不足をきっかけに一斉採用の様相を呈していった。

・学生の就職活動が学業の妨げにならないよう労働省と文部科学省が「協定」を整備、経団連が自主的に「倫理憲章」を設けてきたが、違反しても罰則が無い紳士協定である為、守られる事はなく、今日に至っている。

・様々な試行錯誤を繰り返した新卒採用は、今も尚、時代の変化に合わせた変化を遂げている。新卒採用担当者は、こういった変化を把握し対応する事が重要である。

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